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スタッフブログ

2番目はかわいそう

 山頂から遠くの山域を眺めて「あれは何とか岳、それは何とか山」と山名を言い当てるのを山座同定という。これはかなりベテランにならないと難しく、また不思議なことに向こうに見える山に自分が登ったことがないとすらすらと言い当てることができない。


 しかし富士/山はその姿が独特であり、またその高さが他を抜きんでているがゆえに誰でも「あっ、富士山だ」と指差できる。また富士山が日本一標高の高い山であることは多くの人が知っている。


ところが日本で2番目に高い山は?となると知っている人の数がいきなり少なくなる。正解は南アルプス(赤石山脈)の北岳であり、標高は3193m(かつては3192mだったが再測量で高くなった)だ。山頂は山梨県南アルプス市に属している。


世界第2の高峰も知らない人が多い。カラコルム山系のK2(8611m)だ。ちなみにKはカラコルムのKであり、2は整理番号だ。


このようにナンバー2に対して極端に関心が低くなるのはなぜだろうか?しかもこれは山に限らず他のことでも言えるようだ。スポーツでもそうだ。ゴルフのプロのトーナメントでは優勝者と2位との差が1打差とか、あるいは同打数でホールアウトしてプレイオフで決着なんてこともある。1位と2位の差は極わずかだ。


夏の高校野球大会も準優勝校は予選を含めてずっと負けなしで来て、最後の1試合を負けてしまっただけだ。


プロゴルフの場合は2位でもそれなりの賞金がもらえるし、甲子園の2位だってとてもすごいことだ。しかしどちらも1位と2位との差は格段に大きいような印象を受ける。2位だからと言って簡単に忘れ去られてしまうのは実にかわいそうだ。


ちなみに2番目の山、北岳は岩・雪・花が豊富な素晴らしい山で登山対象としては富士山よりも遙かに優れている。Y.S.

Mt_Kita.jpgのサムネール画像

池山吊尾根から見た北岳(2008年7月21日撮影)

何が幸せか

 3年ほど前の晩春にスイスを一人で旅した。素晴らしい景色だったことは言うまでもないがその時感じたことを一つ書いてみたい。


 インターラーケンから電車に乗り、日本人にも良く知られた観光地グリンデルワルトへ向かう線路の途中にルッチェンタールという駅がある。グリンデルワルトの手前3つ目の駅だ。ここに訪ねたい場所があったのでこの駅に降りた。そして驚いてしまった。


 田舎の駅なので無人駅だ。駅の売店もない。だが驚くのはそれだけではなかった。駅前に商店が一軒もないのだ。小さなレストランが一軒あったがたったそれだけで、それ以外は民家しかないのだ。駅前がそうだから当然村の中にもコンビニも商店も一軒もない。またスイスには自動販売機といった便利だけど無粋な物は初めからないのでちょっと喉が渇いたからと言ってもどうしようもない。


 でもこの村は寂れている訳ではない。家々は大きくてきれいだし、子供たちも牧草地を走り回っていた。ただ単に物を売っている所がないのだ。何かを購入するということができないのだ。


 この村を歩いて思ったのは「ここに生まれたら幸せか?」ということだった。確かに景色は抜群にいいし、水も空気も旨い。夏は花に囲まれ、冬は一面の銀世界だ。線路と車道を離れて村の道を歩けば牛の鳴き声しか聞こえないような静かな世界が拡がっている。一旅行者の目で見れば理想郷のような所だ。しかしここで暮らすとなったら相当な不便さを覚悟しなければならないだろう。買い物は電車か車で下の町インターラーケンまで出なければならないし、コンサートやスポーツ観戦など文化的な活動を欲すればさらに不自由だろう。


 私たちは便利な都会に暮せば牧歌的な田舎に憧れるし、またその逆のことも言える。「ないものねだり」は人間の常だが「過ぎたるは及ばざるがごとし」と言うとおり、どちらかに極端なのはあまりよろしくない。何が幸せか?は人によって意見が異なるだろうがやはり何事もほどほどが良いと思った。Y.S.


  Lutchental.jpg

ルッチェンタールの家並み(2005年4月末撮影)

 

禁煙の流れ

今から13年前、つまり1995(平成7)年の9月にアメリカに行った。最初に訪れたジョージア州アトランタは翌年にオリンピックを控えて町は賑やかだった。またこの年にデビューした野茂英雄の活躍もあって私たち日本人は誇らしくあちこち歩いたのを思い出す。


この旅行で衝撃的だったのはアメリカでは公共の場が全て禁煙になっていることだった。成田から乗ったデルタ航空機も全席禁煙だったし、空港ビル内も喫煙室以外は全て禁煙だった。極めつけはレストランが全席禁煙だったことだ。喫煙席、禁煙席といった生ぬるい区分けではない。


どのレストランも入り口に「No smoking by law」(法律により禁煙)と記してあった。タバコを吸いたければ法の規制の及ばない場所、つまりレストランの外に出なければならなかった。当時の日本人の感覚ではとても考えられないことだった。私は28才の時に禁煙に成功し、非喫煙者になって久しかったので何も不自由しなかったが愛煙家の人たちはかなり参ったらしく「日本もこんな風にならなければいいが・・・」と言っていた。


「アメリカで起きたことは何年後かに日本でも起きる」今や一種の格言にもなっているこの言い方通り、その後日本でもすさまじい喫煙場所規制が起きているのはご存じの通りである。


分煙を義務付ける健康増進法なる法律もできた。あの時一緒にアメリカ旅行した愛煙家の方々が危惧した通りになった訳だ。既に学校や病院など公共の建物の中は完全禁煙になっている。レストランや居酒屋も全面禁煙になるのは時間の問題であろう。現状のような分煙ではなく全席禁煙となり、喫煙は野外でということになる。


これから愛煙家の居心地がますます悪くなることは必至だ。タバコその物も値上げの動きがある。もうそろそろ見切りを付けて非喫煙者になってはいかがだろうか?


こっち側には束縛から解放されたクリーンな世界が拡がっているのだが・・・Y.S.

井川本村

今年のゴールデンウィークは南アルプスの上河内岳と茶臼岳に登った。連日天気が良く、雪も適当に残っていて楽しい登山だった。山そのものも良かったが下山後立ち寄った井川本村も感動ものだった。


井川は大井川の最上流に位置する山村だ。今は静岡市の一部であるがその昔は安部郡井川村という自治単位であり、山の懐で自給自足の厳しい生活をしていた集落である。


これまで私は井川については県道沿いの家並みしか知らず、何となく通り過ぎてしまっていた。でも今回の登山パーティのリーダーW氏が「帰りに井川のワサビ漬けを買っていこう」と行って案内してくれた井川本村には驚いてしまった。


井川本村は大井川鉄道終点の井川駅の少し上流、県道60号線から分かれて井川湖に向かって降りて行ったところにある。1957(昭和32)年に完成した井川ダムの建設に際して湖底に沈むのを免れた集落だ。ここには狭い土地に多くの古い家がひしめき合って建っていた。道は狭く、普通の車でも切り返しをしないと通過できない曲がり角もあったほどだった。全ての景色がまるで昭和30年代にタイムスリップしたかのようだった。


W氏推薦のワサビ漬けは香り豊かでわざわざ寄って買っていく価値があった。しかしそれよりもその近くの金物店には圧倒された。小さな店の中には日用雑貨やら金物やらがぎっしり置いてあった。W氏は懐かしの虎マッチを6箱買い占めていた。私も使わないかも知れないがせっかくなのでハタキ(190円也)を買ってきた。

ホームセンターを見慣れた目で見ると本当に驚いてしまう。井川本村は魅力一杯の所だ。今度改めてじっくり行きたいと思った。Y.S.

正面衝突を免れた

それは、あわや死ぬのではないかと思ったできごとだった。


夜8時過ぎ、会社からの帰宅途中、雨上がりの田舎道だが通い慣れた道だ。信号機のある市道交差点で私の車は直進、時速60㎞程度で走っていた。
この交差点に私の車と対向車が同時に入ろうとしていた。その対抗車が突然右折を始めたのだ。交差点は直進車優先だから向こうの車は止まってこっちの通過を待たなくてはならない。それが何のためらいもなく、まるで私の車なぞ眼中にないがごとく右折を始めたのだ。


とんでもない奴だ!私は急ブレーキを踏んだ。10年に1回位のフルブレーキングだ。時間の進み方が急に遅くなった。相手の車はこっちに向かって来る。私はぶつかることを覚悟した。しかしぶつかったとしても何とかダメージを減らそうと結構冷静だった。


これがABSの威力なのか、制御不能状態に陥ることなく交差点の中で私の車は止まった。助手席に乗せてあったカバンや買い物品が全部前に放り出されていた。


対向車がどこをどう通って行ったのか分からない。私の車の前を間一髪通り抜けたのかそれとも私の車の後ろを右折して行ったのか思い出せなかった。
向こうの車も心配になったらしく、しばらく停まっていたが私が車内で怒鳴っているのを見て安心した(?)らしくそのまま走り去って行った。


暗くて向こうの運転者がどんな人間か見えなかったし、また何を考えて運転していたのかは元より分からない。しかし明らかに右折する意志を持ってステアリングを回したことは間違いない。


直進してくる私の車の速度が読めなかったとすれば運転技術が未熟だし、強引に右折して私に道を譲らせようと考えていたならば余りに身勝手だ。あるいは飲酒運転か?さもなくば私を道連れにした自殺願望者か?(こんな手合いと心中なんてまっぴらご免だ)


18才で運転免許を取って以来30数年、ほぼ毎日車を運転しているがこんなとんでもない運転者に遭遇したのは初めてだ。もう二度とこんな目に遭いたくないと思った。Y.S.