以前酒の席で当時部下だったA君が「責任ある仕事がしたい」と殊勝なことを言った。「責任ある仕事」、若手にとってこれはとても魅力的な言葉である。しかしA君はその意味を良く知らずに言ったようだ。
辞書を引けば分かるように「責任」とは「自分のしたことの結果について責めを負うこと」である。たった二文字だがこの言葉の意味するところは極めて重い。昔の武士ならば「腹を切って詫びる」ことだ。
映画「武士の一分」の冒頭で小林稔侍扮する樋口作之助が主君に食中毒を起こさせるような献立を知らずに立てた咎で切腹するシーンがある。家族は次室でただ念仏を唱えて無事に切腹が終わるのを待つ他ない。そうしなければ家を守れなかったのだろう。実際には木村拓哉扮する毒味役の三村新之丞が毒に当たって発覚し、殿様は間一髪難を逃れる訳だがそれでも樋口作之助は責任を取らされる。
現代はもちろん切腹までは行かないが仕事で大きなミスを冒すと最悪は退職という形で責任を明らかにする。下手をすると刑事責任にまで発展することさえある。「仕事に責任を持つ」というのはかように過酷なことであり、覚悟が必要なことである。とても軽々しく「責任ある仕事をしたい」などと言えるたぐいのものではない。
A君には「そんなに急ぐな。その内にいやでもその『責任ある仕事』とやらをするようになるから」と諭しておいた。我々は仕事を重ねて行けばたとえ望まなくても自然と仕事に責任を持たざるを得なくなる。そして「責任」と言う言葉の重みを知るに至って、軽々しく「責任」などとは言わなくなる。そもそも「責任」という言葉を口から発するのは良い場面ではない。
その後A君は他の会社に移ってしまったので久しく会っていない。が、次の会社でももう中堅であろうから望み通り「責任ある仕事」を任されていることだろう。しかしできるだけ「責任」と言う言葉を聞くことなくスムーズに仕事をこなして行ってもらいたいと祈っている。Y.S.

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