もう何年も前の夏のことだが、裏銀座縦走路を歩いて槍ヶ岳に登り、午後の山頂でのんびりしていたことがある。すると大きなザックを背負ったクライマーがバリエーションルートである北鎌尾根から這い上がって来た。見れば私よりも歳の多い人たちだ。ザイルを解いて登攀具を片付けている彼らに訊いたら四人とも60才代と言う。さらに彼らに続いて登って来た別パーティの二人組は共に65才とのことだった。当時40代後半だった私は「何と意欲的な人たちだ!自分が60才を迎えた時にこの人たちと同じようにしているだろうか?」と大いに衝撃を受けたものだった。
先日「嫌老時代」という本を読んだ。タイトルからは「老人を嫌う時代」ということを連想しそうだがそうではなく「老いることを嫌う時代に入った」ことを述べた本だった。何歳になっても現役でいたい北鎌尾根をよじ登ってきたあの人たちのことだと思った。さらにこの本に記してあることが今や当たり前になっていることを実感した。それは寺倉忠宏さんという往年の名クライマーと知り合ったことによる。寺倉さんは満74才であるが奥さんと一緒に今でも岩登りをしている。鎌倉に住んでいて、伊豆にある有名なクライミングゲレンデである城山南壁にも何度も訪れている。「城山の殆どのルートを登りました。もちろん三日月ハングや鎌形ハングもフリーで乗っ越しますよ」とのこと。何ともすごい話である。寺倉さんのことを紹介している山岳雑誌の記事に氏の談として「60代中頃までは若い者にも負けない体力が維持できた。70代に入ったらさすがに衰えを感じる」と出ている。70才になってようやく衰えを感じたとはそれもすごいことである。
さらにその後、NHKテレビで八ヶ岳山麓に住んでいる俳優の滝田栄さんを紹介していた。その番組の最後の方で滝田さんの家に集まる近所の仲間を紹介していた。有名な登山家である井上進さんなども登場した。そして井上さんらのリードで滝田さんが八ヶ岳の小同心クラックを登攀した映像が出た。この話も面白かったのでネットで井上さんを検索したらさらに驚いた。それは80才を過ぎたこれも有名な登山家である羽田英治さんがその時に滝田さんらと一緒に小同心クラックを登攀していたということである。小同心クラックは岩登りルートとしては短い部類だし、無雪期であるのでそれほど困難でもないが80才を過ぎてもなお岩登りに向かわせる意欲には敬服の他ない。
仕事に関してもまた遊びに関しても歳を取らない人たちが急激に増えた。世はまさに嫌老時代に入ったと言わざるを得ない状況だ。「生涯現役」という言葉も「そうありたい」という単なる憧れでなく、極当たり前のことになってきた。私たちも何も考えずに歳を取ってしまうと、何もできない、何もしない老後を迎えることになり、気付いた時には嫌老時代の真っただ中で一人時代遅れな老人ということになってしまうかも知れない。Y.S.

サイトマップ
