9月のいわゆるシルバーウィークは念願の黒部川・下ノ廊下(しものろうか)に行ってきた。
下ノ廊下とは黒部ダムから下流のV字状峡谷のことで、ルートは左岸の岩壁に等高線に沿って穿たれた狭い道である。黒部ダムからスタートして黒部峡谷鉄道(いわゆるトロッコ列車)の終点である欅平(けやきだいら)まで約30㎞、前夜発1泊2日の行程だ。ちなみに黒部ダムから上流を当然ながら上ノ廊下と呼ぶ。ここには道はなく、泳ぎやへつりの完全な沢登りの世界らしい。
私は35年前に山仲間から「下ノ廊下に行ってきた」という話を聞き「いつかは行きたいものだ」と思っていた。しかしそれを果たせないままズルズルと歳を重ねてしまった。今回も出発数日前まで踏ん切りが付かなかったが台風も東に逸れて好天が期待できたので計画を立てて行ってきた。
せっかくの連休なので室堂から入って立山連峰を浄土山~雄山~大汝山~真砂岳と登り、内蔵助谷に降りて下ノ廊下に繋げるという前夜発2泊3日の日程にした。結果的にはこの欲張った計画のせいで疲労困憊してしまったが天気にも恵まれて何とか計画通り歩き、山を満喫してきた。
下ノ廊下の岩壁に付けられたこのルートを正しくは旧日電歩道という。これは戦前あった日本電力という電力会社がこの道を開いたことに由来する。現在の黒部ダムまでの歩道ができたのが1929(昭和4)年とのことだ。戦後の電力会社再編で旧日本電力(当時は日本発送電)は解散してそのエリアを関西電力が引き継ぎ、今日に至っている。さらにさかのぼれば日本電力は東洋アルミナムというアルミ精錬会社を吸収している。この東洋アルミナムが黒部川に自前の水力発電所を建設するために鉄道を敷き、その終点から歩道を作っていったのが発端らしい。欅平から仙人ダムまでの東洋アルミナムが作った道を水平歩道と呼び、それを引き継いで黒部ダムまで延長したのを旧日電歩道と呼ぶのが正式とのことだ。![]()
ところでその旧日電歩道・水平歩道を歩いた感想であるが、「延々と続く」の一言に尽きる。写真で見ると断崖絶壁の狭い道に「足がすくむのでないか?」と思われがちだが、さすがにここに来ようという登山者はこの程度の高度感や狭さには慣れている。どなたもすいすいと歩いていた。それよりもその距離の長さに驚ろかされる。「よくぞこれだけ長い道を切り開いた」と感じ入る。![]()
そして下ノ廊下最大の名所である「十字峡」を過ぎ、しばらくして現れる黒部第四発電所の送電線引き込み口に唖然とする。後立山連峰の地下深くに黒部第四発電所があり、黒部ダムからそこに地下パイプで水が送られていることは事前に知ってはいても実際にその一部分を目にすると「やっぱり本当だったんだ!」と驚嘆する。そして今歩いているこの細い、所によっては丸木3本の桟道がそれらのダムや発電所建設の事前調査のための道であったことを再認識させられる。正に頭をガーンと殴られるような衝撃を受け、これを成し遂げた人間の意志の強さに驚かされる。電力開発は戦前の軍需による国策でもあったにせよ「本当に人間はこれだけのことを計画し、実行に移すのだろうか?」と、正に人生観が変わる思いがした。![]()
帰宅後、ネットで検索したら東洋アルミナムを設立したのは消化酵素タカジアスターゼの発明で有名な化学者高峰譲吉氏であったことも知り、さらに驚いた。「世の中にはすごい人たちがいるもんだ」といつものように思った次第だ。Y.S.![]()

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