作家新田次郎は山岳小説を最も得意とした。今年上映されて話題になった「剱岳点の記」も新田次郎作品だ。
短編、長編共に数ある新田次郎作品の中でも特に傑作は「孤高の人」と「栄光の岩壁」だろう。「孤高の人」は戦前の単独行登山家加藤文太郎氏を描いている。そして「栄光の岩壁」は戦後の名クライマー芳野満彦氏をモデルとしている。
芳野満彦氏は1948年の冬、八ヶ岳で遭難して足に凍傷に負った。幸い生きて救助されたが、麓の病院で両足の指を全部切断するという大きな代償を被ってしまった。氏が17才の時だ。それでも氏はその後、指先のない足で冬の岩壁に挑み、国内の著名なルートの積雪期初登攀をいくつも達成した。1965年にはマッターホルン北壁の日本人初登攀を成し遂げている。「栄光の岩壁」にはそこまでの氏の半生が描かれている。
氏は単に登山家であるだけでなく詩や絵画も得意であり、1959年に刊行した自らの著書「山靴の音」にもそれらの詩や絵を掲載している。
私は山の仲間と語らって芳野満彦氏に会いに行くことにした。私たちが若い頃夢中になって読んだ「栄光の岩壁」のモデルとなった山の大先輩を訪ね、親しくお話を伺おうというプランだ。
私たちは事前にアポを取り、茨城県水戸市にお住まいの芳野満彦氏を訪ねた。文字通り直立不動の姿勢で恐る恐る訪ねた我々を氏は暖かく迎えてくれた。戦後登山界の生き字引のような氏の口からは著名な登山家の名前がポンポン出てきた。登山家として大きなハンディを負うことになった八ヶ岳遭難の話も興味深く伺った。私は話を聞きながら氏の持つ常に前向きな姿勢に感銘を受けた。問わず語りの氏の話しぶりは何かを否定的に言うことがないのだ。「何々の登山は良かった」とか「何々は良い道具だった」という具合に常に良い面を取り上げようとするのだ。「常人でも困難なことを、ハンディを負った体で成し遂げた源泉はこれほどの前向きさであったか」と理解した次第だ。
我々は持参した「栄光の岩壁」や「山靴の音」などに氏の署名をお願いした。氏は一冊一冊丁寧に筆を運び、署名だけでなく短い文や山の絵を即興で記してくれた。これらの本は我々の一生の宝物となった。Y.S.

芳野満彦氏近影(2009年12月撮影)

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